2010年08月06日

『TH』(アトリエサード) 34号

死想の血統 ゴシック・ロリータの系譜学』(冬弓舎)のご著書がある
サブカルチャー/美術評論家の樋口ヒロユキさんが、
雑誌『TH』(アトリエサード) 34号の学校特集にて、

「JUNE系文化とベレー帽の詩人」

という文章を書かれています。


実は(前にも書いたと思いますが)
樋口さんと私は、福岡の高校の先輩後輩なのです。
たしか樋口さんが美術部、私は漫画研究部で、
樋口さんがマン研部室に遊びにいらしたときなんかに
お話しさせていただいていたような記憶があります。


今回の文章は、
樋口さんの高校時代の思い出とからめて
『JUNE文化」等について書かれていて、
そのなかに私の名前も出して頂いています(恐縮です!!)。


樋口さんの文章を拝読して、
『JUNE』読者像について、
元編集長の佐川俊彦さんが

「こころに秘密をかかえた図書委員」
「心の不良」

といった表現をされていて、
なるほどーと思ったことを思い出しました。


私はあまりよい『JUNE』読者ではなかったですし
(お小遣いの都合もあり、人にお借りして読んでいるくらいの
ウスい読者でした…)
文学少女というよりは
もうちょっと軽薄な(知性に欠ける)マンガ読みだった(という自覚があります…)ので、
JUNE読者だったみたいに書いて頂くと
なんだか経歴詐称(もちろんいい方に)みたいで
冷や汗が出ますが、
樋口さんの目にはそう映った、ということで
お許し下さい……!!(いいほうに誤解して頂くというのも
なかなか気がひけますが…)



それにしても、樋口さんが
当時高校でJUNE的なものを愛好する女の子達は、
「福岡市内の学校だから、当然誰もが博多弁でしゃべるのに、
彼女たちだけはなぜか標準語で話」していた、
といったことを書いてくださっているのですが、
当時、方言じゃなく標準語で話してましたっけ??

けっこうばりばり博多弁だったように思ってたんですが
(しかし記憶力が乏しいので自信はない…)、
どんな言葉でしゃべってたかなんてディテールは
案外、思い出せないものですね。
なにせ、四半世紀前(!!)ですし…。

話し言葉なのに、
なぜか書き言葉でしゃべってた、ってことでしょうか。
二葉亭四迷先生とは逆向きの言文一致運動(?)ですね(笑)。


そういえば、方言といえば、
越智道雄・町山智浩両氏の対談集『オバマ・ショック』(集英社新書)のなかで
ブッシュ大統領(息子の方)には
歴史感覚がなくて、身内レベルでの思考しかなかったのでは、という
町山氏の指摘をうけて、越智氏が、

「方言でしかしゃべらなかったというのは、そういうことですよ。日常の感情言語だけを使っていたらほんとうに狭い世界しか見えないわけで。公的な言葉を使うことによって、そこに歴史意識が入ってくる。でも、ブッシュはそれをやらなかった。」(p.76)


とおっしゃっていたことを思い出しました。


今回の樋口さんの文章にある部分は
この指摘とはストレートに結びつくわけではないですが、
どんな言葉をつかうかっていうのは
その人の世界のとらえかたにも関わる、という意味で
面白いなあと感じたことを
思い出したのでした。


ご興味ある方、『TH』34号、手に取ってみてください。






TH no.43 秘密のスクールデイズ〜学校というフェティッシュ (トーキングヘッズ叢書 第 43) [単行本]






posted by 川原和子 at 10:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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