2008年05月07日

スチールと、ムービー。

最近、中野翠氏の『最新刊』(毎日新聞社 1989年12月発行)という本を読み返したら、
「顔面批評コラム」というページがありました。


そのなかの一つで、
斉藤由貴と小泉今日子を並べて、
斉藤由貴を
「スチールではなくムービーの顔である。モデルではなく女優の顔である」、

小泉今日子を
「ムービーではなくスチールの顔である。女優ではなくてモデルのノリの顔である」

と評していて、あ、なるほどなぁ、と思う(p.201)。

中野さんは、
斉藤由貴のことを、
「心の中の動きが顔面にあふれ出て来たときの目まぐるしく変わってゆく表情が、とてもいい」

小泉今日子のことを
「小さい面積の中に、ひどく性能のよさそうな部品がコンパクトに詰まっている」

と書いていて、
うん、そうだそうだ、本当にそうだった、といろいろ思い出しながらうなづいた。



それでいうと、
速水もこみちは、
ムービーではなくて、スチールの顔だよなあ、と思う。

止まった絵(写真)で見れば、
長身でバランスがよくてカッコいいのだが、
ドラマになると「カッコいいだけ」の人になってしまうというか、
なんだか、かえってカッコよさがアダでさえあるような気さえするのが辛い。
ニュアンスというものが感じられないというか…。

二枚目というのも今の時代、
なかなか大変なモンだなぁ、と思う。


そんな彼は、
いま、『絶対彼氏。』というドラマで、
理想的なデータがインプットされたロボット彼氏の役を演じているのだが、
これはなかなかのハマり役だと思う。
ロボットって、いわば、「スチールの連続」、みたいなところがあるから。

…っていうか、
あのなんともいえないぎこちなさが、
「人だと思うから」で、
実は「ロボットだと思えば、むしろ自然」だった(!!)というのは
コロンブスの卵的な逆転の発想だ!!
と思った……というのもありますが。
キャスティングされた方はエライ、と思います。



一方、逆に位置する、
「スチールではなくて、ムービーの顔」
「モデルではなく俳優の顔」
をしているのは、
松山ケンイチだろう。


『デスノート』のL(エル)役も、
L(エル)ファンの私は、正直、映画を見るまでは

「あんなキモカワイイ人物をやれる役者なんかいるか?」

と思っていたのに、見てビックリ、すごくうまく演じていたし、
その後の活躍もすごい。
役ごとに、ときに「えっ、同じ人?」というくらい変身してみせるところも含めて、
なんか、…役のエッセンスをぎゅっとつかんで
それを体現できる人なのだと思う。


才能の質っていろいろ、というお話でした。


posted by 川原和子 at 20:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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